乙字湯とは?いぼ痔・きれ痔・便秘に使う漢方薬

乙字湯(おつじとう)は、江戸時代の日本で生まれた処方で、便秘を背景に肛門に負担がかかって起こる痔(いぼ痔・きれ痔・軽い脱肛)を整える目的で用いられてきた「痔の漢方」です。便を柔らかくして排便の負担を減らし、局所の炎症を冷まし、鬱血を巡らせ、下がった組織を持ち上げる、という多角的なアプローチが特徴です。KanpoNowでは、この処方を「便秘を背景に、いぼ痔・きれ痔・軽い脱肛があるときに使う漢方薬」として整理します。
- 便秘がちで、大便がかたく、排便時にいきむ
- いぼ痔(痔核)・きれ痔(裂肛)で、痛みや軽い出血がある
- 肛門のまわりに熱感・腫れ・重苦しさがある
- 軽度の脱肛(外に飛び出す感じ)がある
- 体力は中等度以上で、ある程度の実証〜中間証
反対に、芯から冷えて水様便・下痢をしやすい方、極度に胃腸が弱い方、著しく体力が落ちている方には、大黄の下す力が負担になり悪化することがあります。妊娠中・授乳中の方も、大黄を含むため自己判断での服用に注意が必要です。
乙字湯とは
乙字湯は、当帰、柴胡、黄芩、甘草、升麻、大黄から構成される漢方薬です。代表的には、体力中等度以上で、大便がかたく便秘傾向のある方の、痔核(いぼ痔)、きれ痔、便秘、軽度の脱肛に用いられます。
「痔の漢方」として知られていますが、漢方薬剤師の視点では、より正確には「便秘を背景に、肛門部に熱・炎症と鬱血があり、ときに組織が下がる(脱肛)状態」に合いやすい処方です。痔という症状名だけでなく、便がかたいか、いきむか、熱感や腫れがあるか、体力が中等度以上かを確認して選ぶことが大切です。
古典における乙字湯の位置づけ
乙字湯は、中国の古典(傷寒論など)には記載がなく、江戸時代の日本で生まれた日本独自の経験方です。江戸期の医師・原南陽(はらなんよう)の創方とされ、その後、浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』などにも記載されました。当時から「痔の特効薬」として用いられ、現在でも、いぼ痔(痔核)、きれ痔(裂肛)、軽度の脱肛に広く使われる漢方薬の一つです。
古典的には、便秘を背景に、肛門部に「熱」と「気の滞り」が集まりやすい状態が想定されています。便を柔らかくして排便の負担を減らしつつ、局所の炎症と鬱血を整え、下がった組織を引き上げる、という組み立てが、痔への多角的なアプローチとして受け継がれてきました。
漢方的な病態とメカニズム
東洋医学では、乙字湯が合う状態を、肛門周辺の「湿熱(炎症と熱)」+「血瘀(鬱血・血流障害)」に、気の緩みによる「気虚(下垂)」が合併した状態と考えます。
- 湿熱:便秘や飲食の偏りで、肛門部に熱と炎症がこもり、腫れや痛みが出やすい状態
- 血瘀:肛門周辺の静脈の血流が滞り、うっ血して瘤(いぼ)ができやすい状態
- 気虚(下垂):組織を支える力(気)が緩み、外へ飛び出しやすい(脱肛)状態
- 便秘の負担:便がかたく、排便時のいきみが肛門への物理的な負担になっている状態
乙字湯は、大黄で便を柔らかくして排便時のいきみを減らし、柴胡・黄芩で局所の炎症を冷まし、当帰で鬱血を巡らせて修復を助け、升麻で下がった組織を引き上げ、甘草で痛みを和らげて全体を調和させる、という方向で組み立てられています。だからこの処方を選ぶときは、「痔かどうか」だけでなく、便秘・熱感・鬱血・下垂があるかを見ることが重要です。
構成生薬と配合バランス
乙字湯は、6つの生薬がそれぞれ役割を持ちながら、痔という一つの場面に向けて組み立てられた処方です。中心には血を巡らせる当帰と熱を冷ます柴胡があり、黄芩が炎症を鎮め、升麻が下がりを持ち上げ、大黄が便通を整え、甘草が痛みを和らげてまとめます。
※配合比率は、当帰6g・柴胡5g・黄芩3g・甘草2g・升麻1.5g・大黄1gを基準にしたイメージです。升麻・大黄の量は製剤によって差があり、実際の配合量は製品により異なります。
乙字湯の味・香り・服用時の体感
乙字湯の体験は、ばらばらに「香り」「味」「見た目」を見るより、飲む前から飲んだ後までの流れで捉えると分かりやすくなります。便通を整えながら局所の炎症と鬱血を整える処方であり、その性格は香り・味・飲後感にも表れます。
淡い黄褐色
顆粒・粉末は淡い黄褐色〜褐色。お湯に溶かすと、漢方らしい落ち着いた色合いになります。
当帰と柴胡が立つ
当帰のセロリのような独特の香りに、柴胡の漢方らしい匂いが重なります。
苦み・渋み・甘み
黄芩の苦み、大黄の渋み、甘草のほのかな甘みに、当帰・柴胡の独特の風味が混ざった味です。
排便がスムーズに
合っていると、排便がスムーズになっていきむ負担が減り、肛門のジンジンする熱感や張った重苦しさがやわらいでいく感覚があります。
体験の流れ:淡い黄褐色の湯 → 当帰・柴胡の漢方らしい香り → 苦み・渋み・ほのかな甘み → 排便がスムーズになり、肛門の熱感や重苦しさがスーッと引いていく。便秘を背景にした痔ほど、この流れが楽に感じられることがあります。
症状別の向き・不向き
乙字湯は、痔という症状名だけで選ぶ漢方薬ではありません。見るべきポイントは、便がかたく便秘傾向か、肛門に熱感や鬱血があるか、体力が中等度以上かです。これらが揃うほど、処方の輪郭ははっきりします。
いぼ痔(痔核)・きれ痔(裂肛)
乙字湯の最も典型的な場面です。大黄で便通を整えて物理的負担を減らし、柴胡・黄芩で炎症を鎮め、当帰で鬱血を取り除く、痔の第一選択になりやすい処方です。
判断ポイント:便秘がちで、いぼ痔・きれ痔の痛みや腫れがある。痔を伴う便秘・排便時のいきみ
便がかたく、いきむことで肛門に負担がかかるタイプに向きます。大黄が穏やかに便通を整え、いきみの負担を減らします。
判断ポイント:便がかたく、排便時のいきみが痔につながっている。軽度の脱肛
升麻の「升提作用」により、外に飛び出した組織を引き上げる方向に働きます。軽度の脱肛で候補になります。
判断ポイント:脱肛が軽度で、体力が中等度以上か。肛門の熱感・腫れ・重苦しさ
肛門周辺に熱がこもって腫れ、ジンジンする・張った重苦しさがあるタイプで、柴胡・黄芩・当帰の働きが合いやすくなります。
判断ポイント:局所の炎症と鬱血のサインがある。出血を伴う痔
軽い出血は適応に含まれますが、出血が続く・量が多い・しこりがある・便が細いなどの場合は、自己判断せず受診を優先します。
判断ポイント:出血が続く・多い場合は大腸の病気の確認を優先。冷えによる水様下痢・極度の胃腸虚弱
お腹が芯から冷えて下痢をしている方や、極度に胃腸が弱い方では、下剤(大黄)や冷やす生薬(黄芩)が負担になり、悪化を招くことがあります。
判断ポイント:冷えて下す、胃腸が極端に弱い場合は避ける。体質別の向き・不向き
乙字湯は、体力中等度以上で、肛門部に湿熱と血瘀がある体質に向く処方です。便通を整えながら冷まし、巡らせる薬なので、体質との相性を見ることが重要です。
湿熱+血瘀タイプ
肛門部に炎症と熱がこもり、鬱血して腫れる、痔の根本にあたる体質です。乙字湯の中心的な体質像です。
判断ポイント:局所の炎症(湿熱)と血の滞り(血瘀)がそろう。体力中等度以上(実証〜中間証)
ある程度体力があり、便秘がちで大便がかたいタイプでは、大黄・黄芩の冷やす・下す働きを受け止めやすくなります。
判断ポイント:体力が中等度以上で、便がかたい。気虚で下垂(脱肛)傾向
組織を保持する力が不足し、脱肛など下垂が出るタイプには、升麻の升提作用が働きます。ただし全身が極度に疲労している場合は、補中益気湯を優先・併用することがあります。
判断ポイント:下垂はあるが、体力が極端には落ちていない。高齢・やや虚弱で便秘がち
便秘はあるが体力がやや弱い方では、大黄の量や回数に注意が必要です。下しすぎると体力を奪い、かえって肛門を刺激することがあります。
判断ポイント:大黄の効きすぎに注意し、量・回数を調整する。陽虚・著しい気虚・胃腸虚弱
芯から冷えて下痢をする、胃腸が極端に弱く体力がない方では、大黄が含まれるため激しい下痢を起こし、さらに体力を奪うことがあります。
判断ポイント:冷え・下痢・著しい虚弱がある場合は避ける。効能・効果
乙字湯の効能・効果は製品により表現が異なりますが、代表的には次のような内容が記載されています。
体力中等度以上で、大便がかたく、便秘傾向のあるものの次の諸症:
痔核(いぼ痔)、きれ痔、便秘、軽度の脱肛
※実際の効能・効果、用法・用量、注意事項は、購入する製品の添付文書・外箱表示を必ず確認してください。
服用上の注意
乙字湯は痔によく使われる漢方薬ですが、大黄と甘草を含むため、誰にでも気軽に長く使ってよい処方ではありません。特に、冷えて下痢しやすい方、胃腸が弱い方、妊娠中・授乳中の方、むくみや高血圧がある方は注意が必要です。
大黄による注意
乙字湯には大黄が含まれます。便を柔らかくして排便時の負担を減らす目的ですが、効きすぎて下痢をすると、かえって肛門を刺激して痔を悪化させることがあります。
- 便が緩くなりすぎる、下痢をする
- お腹が痛くなる
- (妊娠中)子宮収縮や骨盤内の充血を招く可能性がある
便が緩くなりすぎたり、お腹が痛くなったりした場合は、飲む回数を減らすか中止してください。妊娠中・妊娠している可能性のある方・授乳中の方は、自己判断で服用せず医師・薬剤師に相談してください。
甘草による注意
乙字湯には甘草も含まれます。甘草を含む漢方薬を複数併用したり、長期間服用したりすると、偽アルドステロン症と呼ばれる副作用に注意が必要です。
- 手足のむくみ
- 血圧上昇
- 体重増加
- だるさ、脱力感
- こむら返り、筋肉のけいれん
受診を優先したいサイン
- 出血が続く、量が多い、便に血が混じる
- 強い痛み、発熱、肛門周囲の強い腫れや膿がある
- しこりがある、便が細くなる、排便習慣が急に変わった
- 下痢が止まらない、強い腹痛がある
- むくみ、血圧上昇、脱力感、こむら返りが出た
症状から理解を深める
乙字湯が気になる方は、痔そのものだけでなく、便秘・肛門のかゆみ・下痢・冷えとの関係も確認すると理解が深まります。
似ている漢方薬・構成生薬
乙字湯と似た場面で使われる処方でも、便通を整えて炎症を冷ますのか、気を持ち上げるのか、瘀血をさばくのか、出血を止めるのかで選び方が変わります。
よくある質問
Q. 乙字湯はどんな痔に向いていますか?
便秘がちで大便がかたく、体力が中等度以上の方の、いぼ痔(痔核)、きれ痔(裂肛)、軽度の脱肛に向きやすい漢方薬です。芯から冷えて下痢をする方や、胃腸が極端に弱い方には向きません。
Q. 便秘がなくても使えますか?
乙字湯は便通を整えることが柱の一つなので、便秘傾向があるかどうかが目安になります。もともと下痢ぎみの方や、冷えてお腹を下しやすい方には、大黄の下す力が負担になり向きません。
Q. 出血があるときに飲んでよいですか?
軽い出血は適応に含まれますが、出血が続く・量が多い・しこりがある・便が細くなる・排便習慣が急に変わったなどの場合は、自己判断せず受診してください。大腸の病気が隠れていないかの確認が大切です。
Q. 妊娠中でも飲めますか?
乙字湯には大黄が含まれ、子宮収縮や骨盤内の充血を招く可能性があるため、妊娠中・妊娠している可能性のある方は原則として避けるか、慎重に用いる必要があります。自己判断せず医師・薬剤師に相談してください。
Q. 乙字湯は長く飲み続けてもよいですか?
大黄と甘草を含むため、漫然と長く続けることはおすすめしません。便が緩くなりすぎる場合は回数を減らすか中止し、症状が改善しない場合や悪化する場合は相談してください。
参考・出典
- PMDA「医療用医薬品 添付文書等情報検索」
- PMDA「一般用医薬品・要指導医薬品 添付文書等情報検索」
- 古典:江戸期の経験方(原南陽の創方とされる)、浅田宗伯『勿誤薬室方函口訣』ほか
乙字湯が合うか迷った方へ
乙字湯は、痔によく使われる漢方薬ですが、すべての痔や便秘に合うわけではありません。便秘の有無、便のかたさ、肛門の熱感や鬱血、体力、冷えや胃腸の状態、大黄・甘草への注意点まで含めて判断することが大切です。

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AI漢方診断をする免責:本ページは漢方薬に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、診断・治療・服薬指示を行うものではありません。痔の出血が続く場合、強い痛みや腫れ・膿がある場合、しこりや便の変化がある場合、症状が長引く・悪化する場合、基礎疾患がある場合、妊娠中・授乳中、小児・高齢者の場合は、医師・薬剤師・登録販売者に相談してください。
堀口 和彦 東洋医学・漢方薬剤師/鍼灸師
光和堂薬局 院長。埼玉県生まれ。東京理科大学薬学部卒、同大学院修士課程修了。総合漢方研究会 学術部員。元東京大学大学院医学系研究科 客員研究員。公益法人埼玉県鍼灸師会会員。さいたま市学校薬剤師(指扇中学校)。一般財団法人日本漢方連盟 会員。
著書に『やさしい漢方入門』(健友館)、『パプアニューギニアの薬草文化』(アボック社)、『体質で決まる漢方と養生‐気精血水‐』(万来舎)など。





